患者が自分の診療記録を照会できる電子システムを採用するのか、不採用とするのか、廃止するのか:英国のHealthSpaceの実績分析から
Adoption, non-adoption, and abandonment of a personal electronic health record: case study of HealthSpace.
Greenhalgh T, Hinder S, Stramer K, Bratan T, Russell J.
Healthcare Innovation and Policy Unit, Centre for Health Sciences, Barts and the London School of Medicine and Dentistry, London E1 2AT, UK.
BMJ. 2010 Nov 16;341:c5814. doi: 10.1136/bmj.c5814.
目的
公的な医療提供システムを採用している英国において、患者が自分の診療情報をインターネットで照会できるシステム(HealthSpace)を導入しているが、その政策の適切性の評価、国営の医療制度(NHS)の各組織による実施状況、および患者や医療関係者による利用実績について状況を評価すること。
デザイン
いくつかの調査の組み合わせによる。マルチレベルの事例研究。
評価の対象
NHSにおける診療情報電子照会システムの基礎版(イングランド全域で利用可)および上級版(導入済みのいくつかの地域で利用可)について検討した。
主な評価方法
患者の診療情報電子照会システムの案内や周知状況、同サイトへのアカウント開設状況、それに患者・医療関係者に対する対面調査の内容および行動パターンのエスノグラフィーを用いた観察に関する国の資料を用いて評価した。データは、新たな電子システムの導入の採否に対するマクロおよびミクロな影響を考慮した社会技術的分析により、また批判的言説分析の原理に則って行った。
分析対象
患者および医療関係者56人(診療情報電子照会システム基礎版のアカウントを開設していた者21人、糖尿病患者であったが当初から診療情報電子照会システムを利用していなかった者20人、診療情報電子照会システム上級版のアカウントを利用して主治医とメッセージのやりとりをしていた者15人)、および3,000ページにおよぶ文書(政策に関する文書、実施方法に関する文書、事業計画に関する文書、会議の議事録、通信記録)、患者の行動パターンの観察記録、および政策立案者・プロジェクトの管理者・臨床スタッフとの160回の対面調査結果を利用して分析した。
結果
2007年から2010年10月までの間に診療情報電子照会システム基礎版のアカウントを開設していた者は172,950人であった。上級版アカウント開設者は、当初の事業見込みでは案内を送付された人の5〜10%にのぼると予想されていたが、実際には2,913人(案内送付者の0.13%)にとどまっていた。全体として、患者は診療情報電子照会システムを役に立つとも使いやすいとも思っておらず、その機能性は患者の期待や自己管理の実情にはほとんど沿っていなかった。電子メール形式の通信システムを利用していた人はその有益性に肯定的だったが、早期に導入した3人の臨床医の後には強い興味を示す人があまり現れず、患者で興味を示したのは30,000人中100人に満たなかった。政策立案者が期待した診療情報電子照会システムを導入すれば患者の自己管理能力が向上につながり、個別的な治療が可能となり、結果としてNHSのコストが削減され、データの質も向上し、患者の健康に関する知識の水準が向上するといったようなことは、この3年間の評価期間中には実現されていなかった。
結論
個人向けの診療情報電子照会システムは、利用者の態度や自己管理実践への対応、今回明らかになった情報ニーズへの対応、そしてより広い医療サービスの体系(主治医の日常的な医療活動や報酬などの動機付け)と密接に関連付けを行わない限り、このシステムは利用されなくなったり、廃止されたりするリスクがかなり大きい。こうしたカルテを静的に(データの保管場所として)ではなく、動的に(社会技術ネットワークの構成要素として)概念化し、利用者本位の制度設計を採用することにより、採用や利用の機会が増えていく可能性がある。今回の調査結果は、英国で進めてきている患者に対する医療記録の電子提供施策が、どのような状況にあるのか、受け入れられているのかについて、これまでの政策の進め方に疑問が投げかけるものであった。
コメント
先進国においては慢性疾患の患者が増加し、医療費負担にもつながっている。慢性疾患に対して医療費の点からも患者の利益の点からも自己管理を支援するシステムづくりが重要となっている。診療情報は医療者が管理してきたが、患者が病気の自己管理を行うためには患者も活用できる状況をつくることが患者のエンパワメントにつながる。英国は、税金を財源とする国営の医療保障制度を採用していることから、近年、患者が中心となる医学情報提供システムのNational Knowledge Serviceを導入してきている。今回は、さらに患者が自分の診療情報にアクセスできるような情報システムを試行してきている。本研究はその施策の浸透状況や課題を検討するために行われたものと思われる。調査の結果からは、政府が想定した成果につながっていないことが示されているが、その原因としてシステムの設計思想の問題、医療関係者・患者の視点からの配慮に欠けていたのではないかと指摘している。
監訳・コメント:関西大学 社会安全学研究科 公衆衛生学 高鳥毛 敏雄先生
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