英国の新しい公衆衛生戦略
The New Public Health Strategy for England
Lindsey Davies
president (UK Faculty of Public Health)
BMJ 2010; 341:c7049 doi: 10.1136/bmj.c7049 (Published 8 December 2010)
英国政府は「健やかな生活、健やかな人々」(Healthy Lives, Healthy People)と題する新しい健康戦略を出した。英国の健康政策の将来の発展をめざしたものであるが、その政策実現の前に様々な課題が立ちはだかっている。新しい戦略「健やかな生活、健やかな人々」は、健康保護健康増進、さらに健康格差を減らす対策として期待されている。人々は長生きできるようになったが、慢性の身体的、精神的な疾患を有する人々が増え社会の負担が増大してきている。貧しい人々の健康状態は悪化してきている。最近の包括的な歳出の見直しにより、貧しい人々の健康状態がさらに悪化する可能性がある。今回の政策は、抜本的で、現実や科学的な根拠に基づいてつくられたものである。国と地方自治体、国営保健医療サービス(NHS)、慈善団体、学校、高等教育機関、ボランティア団体、企業、および雇用者の社会のすべてに働きかける総合的な戦略でもある。政府のリーダーシップと、うまくいかなかった場合には政府による介入を許容したものである。しかし、責任と実践の主体は中央政府から地域社会に移されるべきであり、また人々自らがより健康的な生活を送る努力をすべきである。政府の関連する行政部門にすべてが協働して対応するために小委員会が設置され、積極的なイニシアチブがリストアップされている。健康政策は国にとって重要な政策であるので、地方政府に対し公衆衛生の特別予算が配分され、公衆衛生専門官とそのスタッフを採用し、責任を持った役割を果たすことを求めている。公衆衛生専門家が策定した年次報告に基づき、地方自治体は地域の健康問題を見直し、その対策を進めるために多機関からなる健康局を設立するよう要求されている。英国保健省の中に新しく「Public Health England」が設立され、既存の政策や組織とともに、近年設置された健康保護局「Health Protection Agency」と国立薬物治療適正利用局「National Treatment Agency」、および地域の公衆衛生チームと健康観察局の機能とも関連づけが行われる予定になっている。
公衆衛生専門官たちは、Public Health Englandを通じて地方自治体と保健大臣により「合同で任命され」、両者に対して説明責任を有し、また国と地方の政策の調整役を担うことが求められている。改革の目的は、地方政府と中央政府の政策の中心に公衆衛生のリーダーシップと実践活動を位置づけることにある。人々の健康に影響を及ぼす要因は多く存在し、そのリスクは高まってきている。しかし、地方自治体の予算は圧迫されてきている。1948年から続けられてきたNHS改革の中でも恐らく最大の改革が行われる。今回の健康政策の見直しはNHS改革と連動して行われる。成功するかどうかは、地域の公衆衛生活動を担っている担当者間の効果的な関係構築と、地域事情のあった活動が地域で行えるかにかかっている。新しい政策は、すべて整うまでに時間がかかるだろう。その間に英国の公衆衛生活動は深刻な混乱の事態に陥る可能性がある。そのため政策実施は2年以上延長されている。地方自治体の予算は2013年まで使途が縛られないことになっているが、既存の健康政策の予算が削減されることになっており、新たな政策が機能するまでに公衆衛生関係者を疲弊させてしまう可能性がある。
公衆衛生は、多角的なアプローチと、社会的なアプローチが必要であり、個人ではなく、集団に焦点をあてた活動に基づかなければならない。貧困地域を解消し清潔な空気と水の確保に関するイニシアチブは地域ぐるみで徹底される必要がある。喫煙や感染症などを対象とするイニシアチブは、政府による法規制と医療機関における指導・治療ケアが連動して行われる必要がある。地域の健康政策は、「健康増進(Health Improvement)」、「健康保護(Health Protection)」、「保健医療サービス改善(Health Service Improvement)」の公衆衛生の3つの「分野」の中で実践される必要がある。公衆衛生に対する医療分野の重要性が認識されているものの、新しい政策の中に医療分野のことについては明確な提案がほとんど含まれていない。公衆衛生政策に対するプライマリケアの重要性について認識し、推奨されているが、一般医療職の果たすべき役割についてもほとんど触れられていない。一般医(General Practitioner)の新しい委員会は、公衆衛生専門官の助言が必要である。公衆衛生専門官は一般医を支援することが期待されている。これらのことについてはすぐに政府との交渉が行われなければならない。
公衆衛生専門官は地方自治体行政の中で権限ある立場に位置づけられ、NHS、他の行政組織、および民間団体や第三セクターの関係者と密接につながって仕事を行うことができなければ力を発揮できない。しかし、彼らの位置づけがあまりに低く、支援する人員がほとんどいないままであるのであれば、公衆衛生政策の推進は限られたものになる。しかし、公衆衛生専門官が利用できる社会的基盤については触れられていない。もし政府と民間セクターとの間に「責任に関する取り決め」が明確になされるのであれば、地方のイニシアチブが成功する可能性が大いに高まる。しかし、米国で起こったように、産業界が自発的に真面目に協力しないのであれば、貴重な時間が無駄にされ、信頼が損なわれる可能性がある。新しい政策は、政府の政策決定の場から救急医療の現場までわたるものであり、共通のコンセンサスのもとでつながった社会となるのであろうか。誰に説明責任があり、誰が新しいシステムの責任をもっているのか曖昧なままである。特に、政策の成否は、責任の明確さにかかっている。健康保護の問題は特にそうである。さらに対話が早急に必要とされている。
コメント
英国は、戦後すべての国民が無料で保健医療サービスが受けられる社会の建設にこだわり続けている。1980年代から一般医に権限をもたせた内部市場化政策、さらにプライマリケアの管理組織を改革し、患者中心の医療制度への変革がめざされてきた。しかし、その目標に到達すると目標とした状況になっていないことに気づき、新たな改革の道へと歩み続けている。新たな健康戦略の内容として、地域レベルの保健医療活動の活性化、自治体機能の強化、公衆衛生専門職の位置づけの強化があげられている。わが国はこのような健康戦略を立てた改革は近年されたことがなく、ひたすら保健医療政策は医療費抑制政策としての観点から進められている。わが国も、公衆衛生の理念に基づき、国民、患者の立場に立ち、誰しもが医療にアクセスでき、安心した生活が実現できる社会をめざすことも大切になってきているのではないだろうか。
監訳・コメント:関西大学 社会安全学研究科 公衆衛生学 高鳥毛 敏雄先生
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